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まあ、イイじゃんのココロ

    自分のことをいえば、「やり直し英語学習」を始めたのは2007年。35歳の時のことだ。
    中学、高校はべつに英語は好きじゃ無かったし、その後は美術系の大学に入った単位取得以外の努力は全くせずに就職した。

   35歳時点での自分の英語力は、中学の内容も怪しかったと思う。アメリカに行くまえに  Toeicを受ければ良かったのだが(夫には強く受験を薦められた)、受けたとしても点数は多分300点行かなかったことは間違いない。

    アメリカ滞在中はともかく日本に帰国してからは英語に触れることもあるまいと考えていたのだが、ちょっと違った角度からちゃんと英語を勉強しようかなと思うようになった。


 当時は短い滞在の記録を残すべく、色々な場所で絵を描いた。
  通りがかりの人達は気さくに「素敵ね!」とか「頑張って!」みたいな感じで励ましてくれる。すぐに「キミは天才だ!」みたいなことをいうのはちょっと言い過ぎだろ、とも思ったが、よくわからんなりに、描き溜めた絵を見せたりするとそこそこ反応があるので何となく嬉しい。

    そのとき …もしかして、ワタシって、英語力はないけど、コミュニケーション力はあるのではないか、という突飛な認識を得た。今思えばこれは勘ちがいだったのだと思う。

こりゃちょっと続けてみたらおもろいかもしれん。

    そんな思いから帰国後も英語学習を続けることにした。とりあえず、2007年から5年間だけ、真面目にやってみて、5年過ぎたら辞めてみようということにした。

   …とは言え、もともと力が無いので、ずいぶんしょぼい思いをした。
  高校生用の受験参考書や単語集を買ってみたり、文法本を買ってみたり、  NHKの番組を視聴してみたり、いろいろやってみた。セサミストリートを見たり、 ABCニュースを見たり…とりあえずできそうなことは試みるのだが、「何をやったら出来るようになるか」というのはサッパリわからないし「全てを一冊やり通す」ということがなかなか出来なかった。
   1年半ー2年ぐらいは「全く力が身についている実感」が湧かず、ゴールも見えないという状況。

「どの位の力をつけたらいいか」というイメージをハッキリさせるのは難しいことだが、多分、実力のない人に限って、ネイティブスピーカー並みに話せなきゃダメ、って思ってしまうものなのだろう。
 
  英語がペラペラである必要はそんなに、ない…かもしれない。
  むしろ、丁寧に自分の考えを伝えられるような力をつけることを自分のゴールにすればいいのかもと思うようになった。
 次第に自分の好きな分野(美術や園芸など)の本を英語で買ってみたり、料理の本などを「楽しむ」ようになってきてからそれほど「勉強」と感じなくなってきたように思う。
 
    考えてみれば5年で辞めてもいいや、という逃げの口上があったのは良かった。
 「あー辞めようかな、英語の勉強」と思っても、5年間経ったらやめればいいんだ、と思うようにした。辞めても死なないし、誰も困らない。出来ないことで自分を追い詰めてもしょうがない。2007年から5年後の2012年、やめるか続けるかはわからないが、ユルくやるのが重要だ。

  考えてみれば美術を学ぶにあたって、何枚もデッサンをした。同じ円柱や石膏像も嫌になるほど描いたが、形をマトモに取れるようになったのは3年位経ってからだ。
   そうだ、物事って身につくまでに時間がかかるんだよ。花だって鉢を買っても、花を咲かせる年もあれば咲かない年もある。

   まあ、どんな方法でも何か変化はあるだろう。

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いらっしゃいませ

プロフィール

nyororo

Author:nyororo
 2007年に思いがけず北米で数ヶ月滞在することになり、英語を使う機会が無かった私が必要に迫られ英語を使わざるを得ず学習に取り組みはじめました。
帰国後ゆるゆる、ダラダラとやっていた英語学習ですが、2010より学習日記を書くことにしました。

☆このブログを作るにあたって、最初のきっかけになったブログはこちらです。全然英語が出来ずに不甲斐ない気分でいる毎日が綴られています。亜米利加滞在日記
 どうぞ宜しくお願い致します。

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