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絵が見える、見えない。

この間のセンター試験の英語の問題をチェックしている。
第三問Bのところを見直してたんだけど、自分が長文を読む時って「絵が浮かぶかどうか」っていうのに凄ーく頼ってるってことが分かった。

 文法とか単語が分からなくて「絵が浮かばない途端文が分からない」っていう症状がでる。念力で文章を読んでるクセがあるなーと思ってたけど、自分がもの凄く視覚優位なんだっていうことを感じた。文がちょっと長くなったり、指示している言葉が何の事かが想像出来なくなると、あれれ、何を言ってるんだ?ってなる。




「文法が出来ないのが悪い」と夫に責められるも別に絵で読めるならそれでもいいかなっていう気もしている。
 もちろん正確に読めたほうがいいけど、すぐには分かるようにはならないし、自分の場合は絵が見えないとぜんぜん理解出来ないので、「絵が見えない文章」から当たっていって「何処のポイントで絵が見えないのか」を潰してったほうが早そうだ。
きょうもやってみたんだけど、まあ、いわゆる「堅い文章」に出てくるような接続詞がわからなかったりとか、抽象的なトピックだったりとかする傾向があるっていうことまでは見えてきた。

 見通しは甘いし先も長いんだけど、そのうち単語力と文法力が追いついていって、見えなかった絵が見える感じになればそれはそれでいい。自分の場合は絵描きなので、絵描きの持っている感覚を上手く利用して勉強を進めていったほうが良さそうだと感じた。今は大意がなんとなくわかればいいこととしよう。

 英語学習とデッサンてちょっと似ていて、いま「形のアタリ」を取っているような感じなのだと思う。
英語の長文に関して)もうすこし描き込みをしたいのだけれど、モチーフの形自体がよく見えていないとか、画材を使い込んでいないために描き込みが進まないだとかそういう段階に居るのだと思う。デッサンがあるていど描けるまでには時間も掛かるので、気長にやるしかないのだと思った。

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